猟奇的殺人【座間市9遺体殺人事件】

神奈川県座間市、白石隆浩(27)の部屋から9人の遺体が見つかった事件。

猟奇的な事件。少し前に見た「九龍猟奇殺人事件」という映画とよく似ているなとも思いました。これは実際に香港の九龍で起きた事件をもとにした映画。自殺願望のある少女が殺人を手伝ってもらい、バラバラにされるという話です。

今回のこの事件、2ヶ月間に9人殺したと自供。ワンルームに死体を保管していた。

人がなぜこんなに興味を抱いているのかは、大きく3つあって、①猟奇的な犯人像②被害者の「自殺願望」③SNSが使われたこと、SNSの怖さが気になっているのかなと思います。

まず①は色々言われていますよね。人は理解できない事や物を「知りたい、理解したい」という気持ちが働くので、こういう気持ちになるのかなと思います。でも、本当の意味で知りうるのは、たぶんこの人だけなんでしょうね。もしかしたら、この人自身も自分のことをわからないのかもしれない。どんなに分析しても、意外と浅い所で死や殺人に興味があっただけなのかもしれない。ある意味、こんなに簡単に殺人をしてしまうところを見ると、深い意味や解釈が感じられません。そして、そこが気味が悪い気がします。深いようで浅い感じがするんですよね。

たぶん、それがこの人の心なんだと思います。この気味の悪い世界観や感触。きっとこういう感触の中で生きていたんだろうなと思います。

私は、仕事柄気になるのはこういう事件の時、必ず言われるのが「病気なのか」という話。

診断名もつければつくと思いますが、分析もある意味必要かとも思いますが、ここまでの事件だと、擁護や弁護の力も難しいので、どこかで線を引いて見るしかない気がします。はっきり言って、ここまでの人は治療しても治らないし、医療者側としては、「何でも病気にするな」「病気に逃げるな」「治らないこともある」もっと言えば、「最終的に精神鑑定って何よ?」と思うのも本音ですし、どんな精神状態でも、認識や自覚がなかったとしても、殺人した事をなしにはできないと思います。その人の世界がこの世界ではないのだから。

 

②に自殺願望を持った人たち。

今回の事件では、10~20代の若い女性が多かったこと、自我の確立も不安定で、孤独感が強く、SNSで発信しているあたり「知ってほしい、理解してほしい、どうしたらいいかわからない」というシグナルを出している段階であり、自殺したい、一緒に死んでほしいという気持ちの裏側には、すがる気持ち、寂しい、怖い気持ちが垣間見えるのは明らか。でも、この年代の危ういところは「本当に死ぬこともある」という事。本音はもう少し違うのだが、そのことに本人が違うことに気づいていないことも多い。

本当に死ぬ人はSNSさえ使わないと思うし、一人で死ぬだろう。そういう人も含めると「死にたい人」は本当に多いとも思う。

③にSNS。今回はツイッター。どこまで介入できるかって、ここはもうできないんだろうな。莫大な人々がつぶやく世界。DM内で何が起こるかも責任を取るのは難しいだろう。

自己モラル。自己責任。自由に発信したい、誰かとつながりたいというのであれば判断するのも自分。ここはとっても難しい。大人ならそうも言えるが、10代の子供たちも使っている。ネットの中で自分らしさを出せることもいるだろうし、だからこそ『現実』が見えなくなる危険もはらんでいるだろう。

ネットは人の心に似ている。人の心は自由なようで本当はそうではない。どこかに枠があり、自分でそれは作る。人との距離やルールを図り、自分も相手も立っていられる場所を探すのが10~20代の発達課題だ。まだ未発達な彼らは大人がうるさくても守ったり枠を作らなくてはならない。それをどこまで気付けるかできるかが問題なのだけど。

恐怖

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